第4章

武志の家の庭に核シェルターを埋めた翌日、私は自分の家にいた。旅行好きの両親は今頃、ロンドンだそうだ。

「久美ちゃん、大事なものをこの箱に入れてお昼くらいに持ってきてね。」

武志にそう言われて用意していたのだ。渡された箱はクローゼットの引き出しくらいの箱の大きさで、それに入るまでの量らしいのだ。私は幼い頃から一緒だった不細工なウサギのぬいぐるみを箱にいれたら、もう入らなくなってしまった。隙間に、思い出の動画や写真をいれたUSBメモリーとおばあちゃんのくれた形見のネックレスと大学時代に研究した考古学の思い出のノートを箱に入れた。あと一応、自分のスマホを入れておくことにしよう。服はいらないらしい。

 私が箱を持ったまま庭に出ると、ちょうどマンホールみたいな核シェルターの入り口から武志が地上に出てきた。

「久美ちゃん、ちょうど準備ができたところだよ。その箱を持ってこの中に入って。」

箱を小脇に抱え、梯子階段を降りた。結構長い。

武志は各ブロックごとにある気密扉を閉めながら、一番下の階までたどり着くと、ここからは横穴らしい。目の前に、ひときわ大きな機密扉がある。

「久美ちゃん、これに着替えて。」

白い下着に、灰色のスウェット?かなりダサい。

「なにこれ、部屋着?」

「久美ちゃん、いいから着替えて。」

渋々着替え、それまで着ていた服を梯子の下に置いた。

最後の大きな気密扉を開けると、4畳程の広さの白い部屋だった。

靴を気密扉の外で脱いで裸足になり、部屋に入ると左右の壁から細い青い光の線が上下に動き、私たちの体を照らした。

「これでスキャン完了だ。僕らの体の構成成分は全てインプットされたんだ。これで中に進めるよ。」

ドアを開けると普通に家だった。

明るい内装、空気も地下とは思えない程に澄んでいる。

「この中の空気は常に循環されている様になっているんだ。」

核シェルターの中を案内されて、武志は寝室に置かれたパソコンを操作した。私の体と持ってきた箱の中身の構成要素が数値化された表が表示された。数字が羅列していて私にはよく分からなかった。

「インプット完了。これで大丈夫。いつでも避難出来るよ。」

「……でもね、武志。ここで悲しいお知らせよ。私は少し潔癖症な所があるでしょ。毎日シャワーを浴びなくちゃ嫌だし、おトイレも水洗が良いの。だからずっとここにはいられないと思う。」

「そう、そうなんだよ!逆にここの中ではそれをしなきゃ駄目なんだよ。それがバイオスフィア型装置の凄いところなんだ。」

それから、武志はこの核シェルターがいかに素晴らしいかを熱弁してくれた。

つまり、1日に使う水の量、排便・尿の量、呼吸する回数を一定にする必要があり、1週間だと私たちの体重や筋肉量や髪の毛の長さや爪の長さなども最初にスキャンした値と同じでなければならないのだそうだ。食べるものはパンだそうだが、味も食感も飽きない様に調節され、夕食にはデザートが出るそうだ。

ナノリサイクルシステムの説明の途中で、私は驚いた。

「待って、じゃあ、私たちのおしっこやうんちを、また食べてるってことじゃない!下品で最低!」

「だから、ここの中は小さい地球なんだよ。それに昔は畑の肥料に人の便が使われていたじゃないか。全然汚くないよ。分子レベルで粉々にして再構成するんだよ。むしろ衛生的だよ。」

武志の説明に私は不満げな顔をしたが、その後で出されたナノシステムで作られたパンはホクホクで中々美味しかったので、渋々納得した。

そして、レクリエーション用の部屋に案内された私は心が躍った。私たちが幼いころに遊んだテレビゲームやボードゲームが並んでおり、映画やテレビ番組が大量に詰まったデータボックスとモニターが備え付けられていたのだ。

「久美ちゃんが好きなディスカバリーチャンネルも、1万時間分くらいあるからね。」

「すごい!これから、ここに毎日遊びに行くわ!」

私は武志に抱き付き、武志はとても嬉しそうだった。

その日の晩、自宅のベッドでぐっすりと寝入っていた私を強引に目覚めさせたのは、けたたましいアラーム音だった。目を覚ますと、私のスマホがけたたましい音を立てて鳴り響いていた。

緊急速報。

画面には、「ミサイルが日本に向けて発射されました。直ちに避難してください」という文字が表示されていた。私は、何が何だかわからなかった。まさか、本当に?

「嘘でしょ……?」

私は、信じられなくて、スマホの画面を何度も見直した。テレビをつけると、どのチャンネルも緊急特別番組に切り替わっている。私服姿のアナウンサーは、顔を真っ青にして、国民に冷静な行動を促している。

その時、家の玄関ドアが乱暴に叩かれた。

「久美ちゃん!久美ちゃん!」

武志の声だ。私は、パジャマ姿のままスマホを握りしめ、慌てて1階に下りてサンダルを履いて玄関ドアを開けた。彼の顔は、かつてないほど真剣だった。

「来るんだ!シェルターに!早く!あと5分しかない!」

彼は、私の手を無理やり掴み、外へと引っ張り出した。私は、彼の力強さに驚きながら、言われるがままに走った。隣の家の庭にある、あの地下へと続く梯子。彼は、私をそこへと導いた。

「待って、武志!どうせミサイルなんて日本まで届かないから、大丈夫でしょ?」

私の問いかけに、彼は答えなかった。ただ、必死な顔で私を先頭にして梯子を下り、次々と機密扉をロックしていく。私は、とにかく滑り落ちない様に必死に梯子を下りた。

「いいから、早く!着替えて!」

最下層まで辿り着き、下着を着替えて灰色のスウェットとスマホを手に取り、裸足で大きな機密扉へ滑り込む。武志は私を押し込み、自分も中に入ると重い扉を閉め、ロックするためのハンドルをものすごい勢いで回した。武志のハンドルを動かす腕が止まった。

「……よし、間に合った。」

その直後、まるで世界が壊れたかのような、凄まじい轟音と地響きが1分間程続いた。

私は武志にしがみ付き、耳を塞いで震えることしか出来なかった。

しばらくしてシェルターの内部は、静寂に包まれていた。さっきまでの喧騒が、嘘みたいに遠い。

「……な、何が起きたの?」

私が震える声で尋ねると、彼は私の顔を見つめて、呟いた。

「核の雨、だよ。もう、世界は終わった。」

彼の言葉に、私は言葉を失った。私は、武志の方を向いた。彼の顔には、安心と絶望の表情が混じった複雑な表情が浮かんでいた。

「噓でしょ……。」

武志は、何も言わずに私の手を握りしめた。彼の掌はとても力強く、私はその掌を握り返すことしかできなかった。

それから3日後、地中のシェルターの天井からドリル型の機械が地上に発進された。アンテナ線が地上近くまで伸び、ネットが通じた。直後、シェルターのモニターに映し出された映像に、私は息をのんだ。辛うじて映る唯一のテレビ放送局は四国にあるらしい。その緊急速報では、日本の人口は瞬時に1/200になったと伝えられ、現在の正確な人口は不明だそうだ。宇宙衛星からの関東の映像は、まるで月面のように荒れ果てた荒野になっていた。

私たちが住んでいるシェルターの寝室のパソコンで確認したところ「絶対安全君2035年バージョン」の気密扉によって5つの層に分かれていた梯子部分の最初の層は、扉ごと削り取られていて、2つ目の扉も破損しているそうだ。私たちのパソコンの爆風シュミレーションによると、関東一面は核の雨により地上から3メートルまでは全て吹き飛んで削られているらしい。

また、南極にある世界臨時政府放送局のニュースによると、同時に世界中の人口も瞬時に1/1000にまで激減したという。私たちは、世界の惨状を改めて知ってしまった。世界的に多数の竜巻が同時に発生しており、このままだと、世界の人口は1/100万になると予測されていた。

そのニュースを聞いて、私は改めて武志に感謝した。彼がいなければ、私は今頃、この世に存在していなかった。私は、彼を実はバカだと思っていたが、私の救世主だった。

私は、武志の顔をじっと見つめた。武志は私が見ている事に気付き、安心させるために微笑んだ。そうか、私は彼と一緒に生きていたかったんだ。彼の、少し不器用だけど、まっすぐな生き方。それに、私はずっと惹かれていたんだ。私はズルくて武志よりもバカだ。

「武志、私気づいたの。こんな世界になっちゃったけど、武志と一緒なら、私は結構幸せだ。」

そう言って、私は武志に抱きついた。彼は、最初は驚いていたようだったが、すぐに私を抱きしめ返してくれた。

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