第5章

核の雨が降り注いだあの日から、数カ月が経った。俺と久美は、あの「絶対安全君2035年バージョン」の中で暮らしている。狭い空間だけど、意外にも飽きない。いや、正確には、結構忙しいし、飽きる暇なんてなかった。

 まず朝は7時きっかりに起きて顔を洗い、歯を磨く。そして玄関に行き、スキャナーをして、朝のメディカルチェックが始まり、その後に朝食をとる。

その後、寝室に置いてあるパソコンで数値のチェックをする。シェルター内の物質構成成分が前日から変化無いか確認をして、明らかに足りない要素があればナノリサイクルシステムに生成してもらう様に入力するのだ。そしてその間に久美ちゃんは部屋の隅まで拭き掃除をする。

「パソコンとか、分かんないから、私のやれることをやるね。」

久美ちゃんはすごく優しいから大好きだ。

それから俺は、シェルター内の施設のチェックをハンドスキャナーで隈なく行う。老朽化している部品はナノリサイクルシステムに生成してもらう様に入力する。部品によっては生成が1週間くらい掛かるものもあるのでこれも重要な仕事だ。

その間に久美ちゃんはネットで外部の情報収集を行う。外の世界では、放射線汚染による病気と少ない資源を取り合う略奪が横行しているそうだ。気候も一定せずに、竜巻と豪雨が常に繰り返されているみたいだ。

それから昼食をとり、お互いの今日の報告を行う。

ただ、午前中の決まった仕事が終われば、このシェルターの中での生活は、とても心地よいものになる。俺たちは、その日の気分で膨大な量の過去の映像や映画を一緒に見たり、懐かしいゲームに熱中したり、カラオケで喉をからしたりしていた。

そして夕食後には、交代でシャワーを浴びて、その日に生成されたタオルで体を拭き、二人分の新品の下着に着替える。筋力維持スーツは丈夫な素材らしく、全く穴が開かない。夜に手洗いをして干しておけば、朝には乾いている。そして下着のままで掛布団代わりのシーツを体に巻いて就寝するのだ。

今日も、いつものように喧嘩から一日が始まった。パンのフレーバーをどうするかで揉めるのだ。俺はいつもカレー味だが、久美ちゃんはハチミツ味だ。なので、ルーレットを回すのだが、久美ちゃんはあからさまに不正をするのだ。「何で手で止めるの?ずるいよ!昨日もそうじゃないか!」「えへへ、明日はちゃんとやるから、今日だけお願い!」今日も俺の負けである。

ゲームをするときも、必ず喧嘩になる。久美は昔からゲームが強くて、全く手加減してくれない。俺が「ハンデくれよ!」と不満を言うと、彼女は「実力で勝てばいいじゃない!」と笑う。でも、一緒に協力プレイするゲームに変えた途端、二人で力を合わせて、一つのボスを倒した。そして、エンディングで流れる感動的なムービーを見て、二人して号泣した。

夜になると、お互いの嫌なところを言い合う喧嘩が始まる。「武志は、いつも私の話を聞いてない!」とか、「久美は、すぐに怒る!」とか、子供みたいなことで言い争う。でも、最後に、久美が「でも、そういう武志の全部が好きなの。」と赤面して告白すると、俺はもう何も言えなくなる。

ある時に二段ベッドの上か下か、どちらで寝るかで言い争いになった。結局、どちらも譲らず、最終的には二人で下のベッドにぎゅうぎゅうになって寝ることになった。久美は、「狭いじゃない!」と最初は文句を言うけど、手を握りしめて久美ちゃんの目を見つめると、安心して二人ともすぐに眠りにつく。

この狭いシェルターの中での生活は、とても落ち着く空間になった。このままずっと永遠に続けば良いな、とも思った。俺はやはり、ずっと久美ちゃんが大好きなのだ。

そしてシェルターの中に入ってから3年が経った。

核シェルターのマンホールの様な機密扉を開けて、俺たちは隙間からガスマスクを装着した顔を出して覗いてみた。そこには、何もない荒れ果てた大地が広がっていた。ギラギラと直射日光が射し、一面ひび割れた灰色の大地しか無かった。俺は隣の久美の顔を見たが、俺と同じく絶望の顔をしていた。

そして二人とも、久美の腕の中で不細工なウサギのぬいぐるみを持った僕たちの娘を見ると、娘は初めて外の世界を前にして怪訝な顔をしていた。娘も僕たちと同じ子供用の灰色のスウェットを着ている。実は購入する際に太った販売員が、「もしご家族が出来たら、この包みを開けて下さい。」と言われていた中に入っていたプレゼントの一つだった。

もう一度久美と二人で顔を見合わせる。久美は目配せしてこう言った。

「出ていくのは、あと3年後にしようか。」

俺は静かに頷き、シェルターのマンホールの蓋の様な機密扉を、ソーッと閉めた。そう、俺たち家族の完璧な世界は、もうシェルターの中にしか無いのかもしれない。

 ある日、久美ちゃんは俺たちの娘に言葉を教えてる。娘はとってもおしゃべりだ。久美ちゃんは考古学を学んでいたこともあって、色々な言語を娘に教えている。

「……ラカムワヤ、だね。ここは私たちのラカムワヤ、だね。」

娘が久美ちゃんにそう言っている。

「どういう意味?」

俺はチンプンカンプンだ。

「……ラカムワヤは、古代マヤ語で、とても大事な場所、という意味よ、武志。」

久美は娘の頭を撫でながらそう言った。 俺は、笑い合っている娘と久美ちゃんを見て、改めて久美ちゃんが大好きだと思った。

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