第2章

左遷後も、僕はネットの監視カメラと国際電話を通じて独自に世界の情勢を分析し続けていた。それは、もはや趣味や仕事ではなく、僕に課せられた使命だと感じていた。世界中の軍事システムが、僕が知る限りですでに内部から侵食され始めている。それは、まるで静かに広がる癌細胞のように、気づかぬうちに、この世界の生命を蝕んでいた。

頼みの綱の核ミサイルの迎撃システムも、数年後には機能不全に陥るだろう。衛星軌道上の人工物までもが、外部からの操作によって地上に落下し、甚大な被害をもたらすだろう。そしてそれは、ある一部の天才と呼ばれる集団の個人的で感情的な理由によって、予め引き金を引くようにプログラミングされているのだ。人類の滅亡まで、残された時間はわずか半年もないと、僕は結論付けた。

その予測が外れることを、毎日、心から願いながらも、僕は来るべき日に備えていた。

僕の家の前の庭に埋めてある4人用のシェルター。それは、僕が左遷される前に、密かに受注生産し、個人的なネットワークを使って日本へ輸送させたものだ。エマには、「会社の新しいプロジェクト」だと嘘をつき、その使い方を丁寧に教えていた。

「ねえ、丸ハム、この核シェルターって、本当に必要なの?」

エマは、時々、不安そうな顔でそう尋ねてきた。僕はそのたびに、彼女の不安を打ち消すように、明るく振る舞った。

「もちろんだよ。会社の研究開発なんだ。もしも、万が一のことがあっても、これがあれば安心だろう?」

僕の言葉に、エマは少しだけ安堵した表情を見せた。だが、その不安の影は、彼女の瞳の奥に、常に宿っていた。

ヤンとハンスは、近所の女の子のミオと、いつも裏山や小川で遊んでいた。ミオは、僕たちと同じく、この山奥に越してきたばかりだった。彼女は、太陽のように明るく、人見知りしない子だった。

「おじさん、これ、あげる!」

ミオは、僕に会うたびに、いつも小さな折り鶴を差し出してくれた。彼女の小さな手から渡される、色とりどりの折り鶴。それは時々くじけそうになる僕の心に、小さな光を灯してくれた。

「ありがとう、ミオちゃん。とても綺麗だね。」

僕がそう言うと、彼女は嬉しそうに微笑んだ。その笑顔は、僕が必死に守ろうとしている、人類の希望そのものだった。

ある日の午後、僕は庭で草むしりをしていた。すると一台の車が、僕の家の前に停まった。そこから降りてきたのはどこか不器用そうな、平凡な顔立ちの男性だった。

「あの、すみません。核シェルターの販売をしている、丸尾さんでしょうか?」

彼の名は、武志といった。僕は彼の顔を見て、何か切実な思いを抱えていることに気づいた。彼の目は、まるで世界から逃げ出したいと叫んでいるようだった。僕は彼の表情から、何か個人的な理由があることを察した。彼は、戦争や災害から逃げたいのではない。もっと個人的で切実な理由から、このシェルターを求めているのだ。それは、僕がこのシェルターを開発した個人的な動機と、どこか似ているように感じられた。

「はい、そうです。見学希望にいらっしゃったのですね。少々お待ちください。」

ポカンと間の抜けた顔をしている武志君を庭で待たせて僕は着慣れないスーツに着替え、会社の工場に一緒に歩いて行った。

僕は、彼を会社の工場に歩いて案内し、工場の中に野ざらしにされた核シェルター上部の、内部へと続く扉を開けた。武志は、目を輝かせながら、内部へと降りていった。

「すごい……。本当に、こんなすごいシェルターがあったなんて……。」

彼は、シェルターの内部を見て、感動の声を上げた。まるで、夢でも見ているかのように、目を丸くしていた。

「このシェルターは、国際的な基準を満たした、最新の技術の粋を集めたものです。完全閉鎖生態系のバイオスフィア型装置。つまり、外の世界がどうなろうと、この中でなら半永久的に生きていけるのです。」

僕は、お決まりのセールスマニュアルトークを始めた。だが僕の心は、別のことで満たされていた。この男は、純粋だ。あまりにも純粋で、このシェルターが、彼にとっての唯一の希望なのだ。彼を、このシェルターの中に入れてやりたい。そうすれば、彼は、この世界から逃げることができる。そして、いつか、このシェルターの中で、彼が本当に望むものを見つけることができるだろう。

「ただ、このシェルターの価格は2億5千万円です。」

僕は、一応正規の販売価格を告げた。彼はその言葉を聞いて、顔を青ざめさせた。

尋ねると、彼は少し躊躇いながら、頷いた。

「えっ……。そんなに、するんですか……。」

彼の表情は、絶望に満ちていた。僕は彼の貯金が、その額に満たないことを察した。だが僕は貨幣の価値など、もはや意味をなさないことを知っていた。世界が滅びれば、金などただの紙切れだ。僕は彼の表情を見て、一つの決意を固めた。

「お客様、あなたは、このシェルターのモニターになっていただけませんか?」

僕がそう言うと、彼はきょとんとした顔で僕を見つめた。

「僕がモニター、ですか?」

「はい。モニターになっていただければ、特別にモニター価格で6000万円でこのシェルターをお譲りします。頭金は1000万円で良いです。ただし、一つだけ条件があります。」

「なんですか?その条件は。」

彼は、食い入るように僕を見つめた。

「このシェルターを、決して一人で使わないでください。誰かと一緒に、この中で生きていってください。それがこのシェルターをあなたに譲る、唯一の条件です。」

僕は、きっぱりとそう告げた。彼は僕の言葉を聞いて、何も言わなかった。ただ、じっと僕を見つめている。彼の瞳は、迷いと希望と、そして少しの戸惑いで満たされていた。

僕は、彼に手を差し出した。

「さあ、武志さん。このシェルターはあなたと、あなたの大切な人にとっての希望の光です。」

彼は、僕の手を握りしめた。その掌は、少し震えていた。 僕はこの純粋な男に、わずかな希望を託そうと決意した。彼がこのシェルターの中で、本当に大切なものを見つけることを願って。

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