第3章
武志との契約を終えた後、僕のチームは彼の自宅の庭に核シェルターを埋設する作業に取り掛かった。重機が轟音を立てて大地を掘り進み、巨大なコンクリートの塊が地下へと沈められていく。その光景は、どこか現実離れしていて、まるで夢でも見ているかのようだった。
その時、一人の女性が武志に話しかけているのが聞こえた。彼女の名前は久美。武志の幼馴染で、元恋人らしい。彼女の言葉は、武志の心に深く突き刺さるようだった。
「馬鹿じゃない?なんでそんなもの買うの?」
その声には、呆れと、深い悲しみが混じっていた。僕は、二人のやりとりを、少し離れた場所から聞いていた。武志は、ただ下を向いて、何も言い返せずにいた。
「…ふーん、そっか。」
久美は、そう言って顔をそむけた。その表情は、複雑で、何を考えているのか僕には分からなかった。だが、彼女の瞳には、まだ武志への愛情が残っているように見えた。
「……じゃあ、その核シェルターってやつ?二人で入ろうか。」
久美の言葉に、僕は思わず息をのんだ。彼女は、武志のことをまだ愛している。そして、このシェルターを、二人にとっての復縁のきっかけにしようとしているのだ。
久美の言葉に武志は、驚きと喜びの表情を浮かべた。武志の目の輝きが、見る間に大きく変わり、鮮やかな色が戻ってきたかのような表情に変わった。
僕は、その光景を見て、彼らがこのシェルターの中で、本当に大切なものを見つけることを確信した。彼らは、このシェルターの中で、愛を育み、家族を築いていく。僕がこのシェルターを開発した、もう一つの目的が、ここにあるのだ。
僕は、チームの作業員たちに指示を出し、最後の仕上げに取り掛かるフリをした。そして、誰にも気づかれないように、武志が買ったシェルターにこっそりとあるものを忍ばせた。
それは、赤ん坊用と子供用の筋力維持スーツ、そしてナノリサイクルシステムの離乳食マニュアルだった。武志と久美が二人で入るシェルターに、いつか、彼らの子供が生まれることを願って。それは、僕が彼らに託した、ある一つの希望だった。
数日後、地球に核の雨が降る夜中、僕が住んでいる栃木県の山奥の村に、緊急速報のサイレンがけたたましく鳴り響いた。僕は、布団から飛び起き、眠っているエマと5才の双子の息子、ヤンとハンスを叩き起こした。
「エマ!ヤン!ハンス!早く、行くぞ!」
僕は、事前に用意しておいた非常用リュックを背負い、家族を連れ、庭の地下に埋めてある4人用シェルターの入り口へと急いだ。エマは、まだ状況を理解できていないようだった。
「パパ、どうしたの?一体、何が起きたの?」
エマは、不安そうな顔で僕に尋ねてきた。僕は、彼女の問いかけに答える余裕はなかった。ただ、必死に走った。
「黙って、僕についてきてくれ!時間がないんだ!」
僕たちが家の縁側から出た時、近所の女の子のミオが、僕の家の庭に走り込んで来た。彼女の顔は、恐怖に歪んでいた。
「おじさん!おばさん!みんなで、一緒に逃げよう!」
ミオは、僕にそう叫んだ。彼女の言葉に、僕は胸が締め付けられる思いだった。僕は、彼女の小さな手を握り、静かに微笑んだ。
「心配してくれてありがとう、ミオちゃん。でも、逃げなくていいんだよ。」
僕は、ミオを核シェルターの入り口へと連れて行く。エマは、その光景を見て、困惑した顔で僕を見つめた。
「どうして、ミオちゃんを?」
エマの言葉に、僕は決意を固めた。
「エマ、この子をシェルターに入れてくれ。僕の代わりに。」
「丸ハム、何を言ってるの?冗談はやめて!」
エマは僕の言葉に、悲痛な叫び声を上げた。ヤンとハンスも、僕の言葉を理解できないようだった。
「この子が入った方が良い。子供は、僕たち大人の宝だ。僕たちは、もう大人だ。僕たちは、この世界で、やるべきことがある。でもこの子たちには、まだ未来があるんだ。」
僕は、そう告げた。エマは、涙を流しながら、僕の腕を掴んだ。
「嫌よ!あなたと、一緒に逃げるの!私には、あなたしかいないの!」
僕は、エマの頬にそっと手を添えた。
「大丈夫だよ、エマ。僕は、大丈夫だから。君は、ヤンとハンス、そしてミオを守ってくれ。それが、僕の願いだ。」
僕はエマに、キスを贈った。そして泣きじゃくるエマに、シェルターの扉を閉めさせた。
「愛してるよ、エマ。」
僕の言葉は、閉ざされた扉の向こうに、静かに消えていった。
そして、遠い空に輝く星を見上げながら、僕は、ある男のことを思い出していた。武志君、彼もまた今頃、愛する女性と共に、核シェルターに移動しているのだろうか。
僕の願いは、一人でも多くの人々が核の雨を生き延びること。そして、この世界に、希望の光を灯してくれること。
「頼んだぞ、武志。」
僕はそう呟き、希望を託すように遠い空を見上げた。