7月下旬から8月中旬にかけての関東の緑はとても濃い。北海道で育った直樹は今年の夏休みも母方の実家がある関東の内陸県に向かっていた。
毎年、直樹の母の恵子、妹の真紀とともに母の実家に向かうのが通例となっていた。朝に大きめのおにぎりをリュックサックに詰めて空港までの列車で食べ、飛行機に乗り上野で乗り換えるのだ。
上野では駅のホームの立ち食い蕎麦屋でサラリーマンに交じり親子3人で肩を寄せあって早めの昼食をとる。これも通例となっていた。
そして上野から目的地の母方の実家の近くの駅までの電車の中で直樹と真紀はいつも居眠りをしてしまう。早朝に起きて慣れない人混みに揉まれ、立ち食い蕎麦で程よくお腹が膨れた小学6年生には、心地よい電車の揺れと一定のリズムを刻むカタタン、という音は眠気に誘われるには丁度良いのだ。
母親の恵子に起こされ、夢うつつで乗客がほとんど降りない最寄りの駅のホームに立つ。ここからは親戚の伯父さんの隆が自家用車で迎えに来てくれる手はずになっている。
隆は筋骨隆々で日に焼けた男性だ。恵子の血の繋がってない兄で、職業は大工をしている。結婚を若いころにしていたが、相手の人が男勝りな方で、耐えられなくなった隆が逃げ出したそうだ。今思えば、筋肉だらけの隆よりも男らしい女性とはどんな人だったのだろう。人ではなくゴリラかもしれないと、直樹は思っていた。隆はあまり喋らないが直樹達をすごく気にかけてくれる。「よく来たね。直樹、真紀。」真っ黒な肌に真っ白な歯。直樹は隆伯父さんを心の中でスーパーマンだと思っていた。
母方の実家はかなりの山奥だ。都市部から山道に入り、ダムを横目で見ながら片道1時間半ほどの移動をする。山道の急カーブで体が大きく揺れる。直樹はカーブの度にわざと体を大きく揺らして妹の真紀に体重を預ける。真紀は笑いながら嫌がるそぶりをして母親の恵子に助けを求める。これも通例となっていた。
車中から眺める景色が直樹は好きだった。北海道のぼんやりとした緑色の葉とは違い、関東の木に生い茂る生命力に溢れ濃い緑の葉が、そしてその間から創り出される木漏れ日がたまらなく直樹は好きだった。これから始まる最高の夏休みの予感を、木々とお天道様が祝福してくれている様にも直樹は感じていた。
山道の途中で小麦粉に野沢菜を混ぜて焼いた、お焼きの店がある。運が良ければ開いているが確率は半分くらいだ。ただ、外のお店で食べる料理は味が辛いことがあるので、実はあまり直樹は好きでは無い。今回はその峠の茶屋的なお店は閉まっていた。少し残念。
母方の実家の家は、本当に山奥にある。後ろが山、前が川で、その集落には数件しか現在は住んでいない。お昼過ぎに到着したその家には母方の親戚の子、つまり恵子の姉の子供達がすでに到着していた。
裕美と浩史だ。裕美と浩史の母親は身体が弱く、入退院を繰り返していたので、ここに来れる年と来れない年があった。歓声を上げてピョンピョン跳ねる二人の後ろから、小さなキヨおばあちゃんがゆっくりと笑顔で現れた。キヨおばあちゃんはいつも笑顔だ。
直樹は小学6年生、裕美は小学4年生、真紀は小学2年生、浩史は幼稚園年長だ。キヨおばあちゃんは普段は都市部に一人で住んでいて、この子供たちの夏休みの為だけにここに住む。隆伯父さんはこの母方の実家で一人暮らしをしている。直樹と真紀の母の恵子も子供達と一緒に過ごす。この7人で2、3週間を過ごすのが夏休みの通例となっているのだ。
今になって思えば、子供達4人の為に沢山の大人が協力してくれていた。遊ぶものなんて端っこが折れているトランプぐらいしか無かったし、虫取り網の代わりに魚とり網を振りかざして虫取りをしていた。自然以外何もないこの場所が子供達4人の遊び場だった。
実家の家の造りは一階が広く縁側があり、二階は隆伯父さんの部屋と4畳半の客間と作業場があった。その作業場は元々養蚕をしていたそうだが、現在は木材や工具が散乱していた。最初はこの2階が直樹は怖かった。がらんどうとした作業場の部屋の床に、養蚕をしていた時の名残だろうか、丸い繭が時々落ちていた。直樹は図鑑で蚕の写真を見てからとても恐怖を感じていたので、あの丸い繭の中に怪物がいると信じていた。
便所は離れではないものの、汲み取り式だった。チリ紙はザラザラした手触りの紙で、時々新聞紙の時もあった。新聞紙でお尻を拭くとその後でパンツまで黒くなるからあまりいい気分ではなかったが、ザラザラした紙よりは痛くならなかったから、一長一短だった。そして、下を覗くのがとても怖かったので、直樹は目の前のヒビが入った壁を凝視しながら用を足していた。
お風呂は薪で火を起こして湯を沸かしていた。薪割と火起こしは子供達の役目だった。薪割りには力は要らず、直樹が浩史に鉈の角度と使い方を教え、太い薪は直樹が代わって割った。裕美は真紀と一緒に、お風呂の火起こし口に薪を組み立てて、矢倉のように空気の通り道を作り、より良い火の起こし方を共同で考えていた。今思えば毎日がキャンプの様なお風呂の儀式は、4人とも顔と手が煤で真っ黒になったのを自分たちで沸かした湯船で落とすまでがセットだった。
川に魚を釣りに行くときは、まず山に針と釣り糸を持っていく。手ごろな細い竹を探して鉈で切り、先端に釣り糸と針をつけて、そのまま川に移動する。餌は川の大きな石をひっくり返して、石の底にへばりついてる川虫を素手で取り、針の先端に付ける。釣れるのは、ほとんどハゼだが、たまにアユが釣れ、その時は川辺の端に捨ててある錆びた一斗缶の中で火を焚いて、枝に射してそのまま焼いて食べたりした。
川の楽しみ方はもう一つある。川下りである。浮き輪だと破れてしまうので車のタイヤのチューブの真ん中の穴にお尻を入れ、川を下るのだ。深い所だとひっくり返って溺れてしまうし、浅い所だとお尻が川底に擦れて当たって痛いので、スタート地点の違いによるルートの開拓が重要になり、なかなか単純なようで奥が深いのだ。そして、あまり下流に行き過ぎると、戻ってくるのに時間がかかるので効率が悪い。
カブトムシを取るのは一日がかりだ。昼から焼酎と砂糖とハチミツを混ぜた物を作っておく。それから裏の山の中腹まで、隆伯父さんの仕事用の軽トラックの荷台に寝そべり、青空と木の葉を見ながら移動する。4、5本の木に用意した餌を仕掛けて家に帰る。夕食を食べた後に同じように軽トラックの荷台に寝そべり見に行く。カブトやクワガタが取り放題だが、あまり持ち帰ると後が面倒なので、2、3匹にしておく。
今日はうどんを食べる日だ。キヨが朝から小麦粉を捏ね、子供達が厚手のビニールに入った小麦粉を足で踏む。数時間後に平たく麵棒で伸ばして、手も顔も真っ白な粉だらけになりながら、手動の製麺機のハンドルを一定の力で回す。大人から順番に全員がハンドルを回すので全てのうどんを合わせると、太さや厚みは、まちまちになる。だが茹でた後に、ナスの入ったつけ汁に付けて食べると、細い所は小麦粉の甘さが感じられ、太い所は小麦粉の力強さが感じられて抜群においしい。7人全員が食卓を囲み、あっという間に食べ終わる。
家の隣に小さな畑があり、トウモロコシとトマトときゅうりとナスを作っていた。朝に食べ頃のトマトときゅうりをもいで、タライに庭の蛇口から水を少しだけ流しておき、冷やしておく。午前中に外で汗だくで遊び、お昼ごろになったら、冷えた野菜を何もつけずにそのままかぶりつく。大人になった直樹は、今でもこれより美味しい野菜を食べたことが無い。
夜になると4人で布団を並べるように敷き、暑いので消灯後には窓は開け放しにするので、部屋の中いっぱいに蚊帳を吊るす。並んだ布団にそれぞれ入った後に、電気を消して窓を開け放すのだが、眠りにつくまでのつかの間に、必ず直樹はその場で思いついた適当な物語を他の3人に話す。直樹は物語を作るのが好きだった。今日は、村で悪い事をする鬼を退治するために自分の鼻毛を抜いて鬼に投げつけて追い払ったが、あまりにも汚いので村中のみんなから嫌われてしまう青年の話、「鼻毛らホイ」という話だ。話が終わってゲラゲラと子供達みんなで笑うと大人に、早く寝ろ、と叱られる。
夜遅くに、大人に内緒で2階の客間で怪談をしようと計画した事がある。子供4人で急な階段を浩史が先頭になって、後ろから順にお尻を押し合い、ヒソヒソ声で静かに2階に上がる。最後尾の直樹には恵子とキヨのクスクス声が聞こえたが、そのまま上がり、懐中電灯の光だけで順番に話す。しかし、怖い話を4人ともあまり知らず、一番怖かったのは懐中電灯の光に寄って来て窓にぶつかって来た大きな蛾だったので、結局、浩史が眠くなるまで全員でトランプをして遊ぶだけだった。
ここだけの話だが、直樹は幽霊をこの実家で初めてみた。蚊帳の中で子供達は寝るのだが、直樹はふと、目を覚ました。暑いので窓を開けっぱなしで寝ているのだが、目を覚ましてふとレースカーテンが風に揺られている方向を見ると、真っ白な手首から先の手、そのものががあった。直樹は「手?」と思い、もしかして生け垣の上にティッシュが落ちているだけなのでは、とも思った。だが、よくよく見たものは、指が五本あり、爪もある。何度見ても同じだ。3回見た。そして、それをしばらく凝視していたが、よく見ると、指先が動いていた。そして、こちらに指先の方向を向けて移動しているのだ。直樹はそれに気づき、布団を被って昼間に遊んだダンゴムシの様に丸くなった。布団の中で冷や汗が止まらない。怖くて怖くて、震えが止まらず、近所の鶏の声が聞こえても布団を被り続けた。そして、直樹は記憶を失った。…次の日の朝、恵子に布団を剥がされ、丸まったまま畳に転がった直樹は、幽霊よりも怖いものを知る。直樹の夜通しの冷や汗でビショビショになった掛布団と敷布団を、恵子は自らの手で確認し、「この年になって、おねしょなんてするな!」と鬼のような顔で、直樹は激怒されたのだ。かくして直樹は、庭に干した布団とともに他の3人の子供達から指を指して笑われ、もちろん幽霊の話など誰も信じない事となった。だが、大人になった直樹は今でも幽霊は居ると信じている。
ある日、市民プールに子供達4人だけで行くことになった。家から歩き、橋を渡りバス停留所でバスに乗り3駅後に降りて向かうのだ。直樹がお金を預かり、4人は一列に並びながら家を出発して移動した。暗いバスの停留所の中はうだるような暑さだった。ガラガラのバスの中の後部座席に4人は陣取った。直樹はバス亭を降り過ごさない様に気が気でなかったが、なんとか市民プールに着いた。市民プールでは広く深く危なくないので、さんざん泳ぎ、水面に浮いて楽しんだ。市民プールを楽しんだ後に目の前の商店で4人は、どうしてもアイスとジュースを飲みたくなった。直樹はアイスとジュースを1つずつ買い、4人で分けたら、帰りのバス代が足り無くなり、4人は歩いて帰ることになった。玄関を出た時と同じ様に1列に並んで帰った。とても、とても長い帰り道だった。途中で泣き出した浩史を直樹がおんぶをし、家にたどり着いた時には4人はもうボロボロだった。4人ともビーチサンダルだったので足の親指と人差し指の間が擦り剝け、その日のお風呂では4人の阿鼻叫喚の声がこだました。
母方の実家に泊まる最終日、必ずみんなで花火をする。庭に薪で小さなキャンプファイヤ―を作り、花火をするのだ。その時は裕美と真紀は浴衣を着る。手持ち花火をグルっと回したり、落下傘の打ち上げ花火をして、落ちてくる落下傘を争って取ったりで盛り上がり、最後は必ず線香花火をする。直樹が小学6年生の夏、裕美はしゃがみながら線香花火をして、こうつぶやいた。
「あと、何回ここで花火が出来るのかな。」
直樹は急に大人っぽい言葉を言う裕美の横顔を見つめて、毎年見ているのに初めて裕美の浴衣姿を綺麗だと思った。
「また、来年も会おうな。」
直樹は落ちていく線香花火の光を見ながら、そうつぶやいた。
直樹は6歳から毎年来ていて、浩史は生まれたての赤ん坊の時からここに来ていた。だから、ずっとこのままの時間が続くと思っていた。多分、子供達4人ともそう願っていた。
しかし、それが直樹と真紀が最後に田舎に訪れた年になった。直樹が小学6年生、真紀が小学2年生の夏休み、その年に北海道に単身残っていた父親が不祥事を起こしたのだ。恵子は落胆し、落ち込んだ恵子を直樹は子供ながらに支えたいとも思った。だが数か月後のある日、突然何もなかったかのように恵子は振る舞いだす。直樹は、常に父親の顔色を伺いながら作り笑顔で生活をする恵子を見て、自分の今までの母親では無くなった感覚に陥った。
大人になった直樹は、今思い返すと恵子は家族という形態を守るためにとった行動だったのだ、とも思う。正解も不正解も今となってはないが、結果として、それから直樹と真紀はもう二度と夏休みの間に母方の実家に行くことは無くなった。
あまりにも理不尽だが、大人の善意で集められた子供達は、大人の悪意によって強制的に解散させられたのだ。
それから35年が過ぎた。裕美の声掛けにより、直樹と真紀がそれぞれ家族を連れて田舎の母方の実家に集まった。
隆伯父さんは20年前に病気で病院のベッドの上で亡くなった。筋肉は落ち、真っ白な肌となり最後は誰だか分からなくなっていたという。直樹は怖くてお見舞いにも行けなかった。
キヨおばあちゃんは15年前に老人介護施設で転んでしまい、そのまま亡くなった。真紀は看護師の免許を持っていたので、その老人介護施設を非難した。直樹はその月に生まれた赤ん坊がいたので、お葬式には行かなかった。
直樹と裕美と真紀は誰も住んでいない母方の実家の家を掃除した。蜘蛛の巣だらけの部屋をかき分けて錆び付いた窓を開け、畳は腐り落ち、床板も所々抜けていたが、柱は立派だった。
掃除が終わった後に家の横の裏口の前にある薪割り場所で、直樹は新品のアカマルのタバコを開けて一本取り火をつけて一口吸い、むせながら傍に落ちていた空き缶の中に火のついたタバコを置いた。その横に、来る途中の自販機で買った、開けていないコーラの缶と、タバコの箱を置いた。直樹は何も言わなかった。
三人の家族の子供達は、庭で、山で、川で遊んでいた。それを三人は見つめていた。
完
この物語はフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。