第5話:アスカの完璧な罠
―6ヶ月前、太平洋ハワイ諸島沖。豪華客船が日本に向けて航海をしている。その船の窓に、金髪の黒いスーツ姿の女性が目をつぶりながら、ぐったりと椅子に腰かけている。
「…Goodbye, America. Nice to meet you, Japan. 」
そう呟くと、その女性は静かに涙を流した。
―現在。ある日の午後、悠斗達はラボの作戦室でアスカに呼び出された。
部屋に入ると、アスカはいつものゴスロリ衣装の上から、真新しい白衣を羽織り、さらに小さなフレームの眼鏡をかけていた。
普段の可愛らしさに知的な魅力が加わったその姿に、悠斗は思わず、ドキッとした。ミレイとリンも、興味深そうにアスカを見つめている。
「あら、ラビットちゃん。よく来たわねん。」
アスカはにこやかに悠斗を迎え入れた。悠斗は少し照れながら尋ねた。
「アスカさん、その格好…どうしたんですか?」
アスカは眼鏡のブリッジをクイッと持ち上げ、得意げに胸を張った。
「ふふん。今日は、特別にアスカ先生がVRゲームの歴史について教えてあげるのよ。これからの『インフィニット・ウォー』を戦う上で、この世界の背景を理解することはとっても大切なの。」
アスカは巨大なモニターに、VRゲームの初期から現在に至るまでの変遷を示す映像を映し出した。
「かつて、TVゲーム、VRゲームはただの玩具としての娯楽として作られた意味合いが強いわ。ただ、2000年に入り、湾岸戦争時の遠隔ロケット、遠隔ドローンによる対人兵器を経て、死の商人と呼ばれる兵器メーカーとの癒着が始まったの。そしてより現実に近い戦闘を、とのコンセプトとして最初から開発された『インフィニット・ウォー(IFW)』の登場によって、状況は一変したのよ。」
モニターには、初期の粗いグラフィックのVRゲームから、第一作目の「IFW」が爆発的な人気を博し、そして生体プラグの技術が開発されるまでの流れが示される。
「生体プラグの登場で、VRゲームは五感を完全に再現する、「もう一つの現実(アナザー・リアリティ)」になった。それは、もはや単なるゲームではない、私たちの生活に深く根ざした、新しい世界そのものなのよ。」
ミレイが優雅に腕を組みながら問いかけた。
「それが、なぜ企業間の代理戦争へと発展したのです?」
アスカは頷き、世界地図が映し出されたモニターを指差した。
「良い質問ね、ミレイ。この世界には、VR技術を牽引する世界三大企業が存在するわ。私たち『サイバー・コネクト』、そしてライバルである『ゼウス・インダストリー』、そしてもう一つ、謎に包まれた巨大企業『G.E.G.(グローバル・エンターテインメント・グループ)』よ。」
リンは黙ってモニターを見つめている。
「IFWはサイバー・コネクト社が開発したのだけど、開発費はアメリカの軍事兵器会社が出費しているわ。IFWⅡはそれに近接戦闘の要素、軍略的要素、敵や味方のNPCのAIの向上により、総合的な疑似戦争の訓練として高い評価を受けたの。IFWⅡに突然参入してきたG.E.G社はEU国家連合のダミー会社と言われているわ。IFWのトッププレイヤー達のアメリカ軍のスカウトの成果をみたので、焦って参入をしてきたという訳なのねん。」
悠斗とミレイ、リンは真剣な表情でアスカを見つめた。
「現在の模擬戦の結果で、収益の配分はもちろん、トッププレイヤーのデータ管理をどうするかが焦点となっているのねん。近いうちに3社が決戦をする予定で、最大規模のサーバーを使って100×100×100の最終決戦をするわ。ゲームで培われた技術や戦略が、そのまま現実世界のビジネスや戦争にも影響を与える…そういう時代なの。」
悠斗は、アスカの言葉に息を飲んだ。自分がただのゲームだと思っていたものが、現実の巨大な企業間競争に直結しているという事実に、彼の心臓は大きく跳ねた。
(ただのゲームじゃなかったのか…。俺、とんでもないことに巻き込まれてる…?)
ゲームの裏に隠された、あまりにも重い現実に、悠斗は驚きを隠せない。
アスカはモニターを切り替え、巨大な室内競技場の映像を映し出した。
「そして…IFWⅢのリリース後、この天才アスカちゃんの提案でIFWⅢの世界大会が行われることが決定しているわん。国家間の疑似戦争、これはもう遊びではないのねん。…つまり、このゲーム空間が、国と国との尊厳をかけた、ぶつかり合いの場になるのねん。」
アスカのモニターを見つめる目がより一層真剣になった。そして、その瞳の奥には、どこか意味深な光が宿っていた。
歴史講座の興奮冷めやらぬまま、アスカは次の模擬戦の作戦に移った。またもや相手は集団での戦術を得意とする『ゼウス・インダストリー』。戦場は、木々が密集し、見通しの悪い複雑な森林地帯だ。
アスカは、モニターに映し出された森林マップに、緻密なマーカーを配置していく。
「今回の相手は前にも戦った相手『ゼウス・インダストリー』。彼らはこれまで同様、集団の力を使って有利な展開を狙ってくるでしょう。だからこそ、私たちも彼らの裏をかくわ。作戦名は…『天才アスカちゃんの完璧大作戦』ねん。」
アスカの表情は自信に満ち溢れ、その瞳は勝利への確信を宿した冷徹な光を放っていた。
「私は、彼らの行動パターンを徹底的に分析したわ。彼らは必ず、ラビットちゃんを孤立させ、周りを囲んで戦闘を仕掛けてくる。その心理を逆手に取るのよ。」
アスカはマップ上の特定の地点を指差した。
「まず、この地点に地雷を複数設置する。これは、敵の主要な侵攻ルートになるはずよ。そして、地雷の先に、私が隠れて待ち伏せする。彼らが地雷で足止めされた瞬間に、私は側面から攻撃を仕掛け、さらに彼らを混乱させるわ。」
アスカは、歴史上の戦術を例に挙げながら、VR空間での再現計画を説明した。
「この戦術は、古代ローマ軍がダキア戦争で用いた『リリア』に似ているわ。これは、地面に鋭い杭を隠して埋め、敵を足止めしたり、損傷を与えたりする防御陣地のことよ。」
モニターには、木製の杭が地中に隠された「リリア」のイメージ図が映し出される。
「密林の中には、ベトナム戦争で多用された『ブービートラップ』。仕掛けられた罠に敵が気づかないように巧妙に隠し、触れた瞬間に作動させる。これらをVR空間の特性に合わせて、より進化させるのよ。」
画面は、密林の中に隠された様々な罠のイラストに切り替わる。
「そして、ラビットちゃんが敵を誘い込むのは、ハンニバルの『トラシメヌス湖畔の戦い』よ。ハンニバルは、夜陰に紛れて兵を配置し、霧と湖を利用してローマ軍を完璧に包囲し、大勝利を収めたわ。私たちは、この森林地帯の地形と、ラビットちゃんの『おとり役』の能力を最大限に利用して、敵を罠にはめるのよ。」
モニターには、霧に包まれた湖畔で、ローマ軍がカルタゴ軍に包囲される様子のシミュレーションが流れる。
悠斗は、アスカの解説を聞きながら、その緻密な思考力に感心していた。
「なるほど…僕が敵を引きつけて、アスカさんが罠にかけるんですね!」
アスカは悠斗に視線を向けた。
「その通りよ、ラビットちゃん。あなたはこれまで通り『おとり役』だけれど、今回は指示がより複雑になるわ。敵の誘導経路、罠の起動タイミング…、リンの道場で培った修行の成果を生かし、あなたの今までの『勘』と『運』を、完璧な『逃げ』まで研ぎ澄ますのよ。」
悠斗は、自分の役割がこれまで以上に重要になることを理解し、緊張で身が引き締まるのを感じた。
「ミレイは、罠にかかり混乱した敵を遠距離から狙撃。リンは、私の死角に入り込もうとする敵や、罠にかかりそこねた敵を確実に仕留めてもらうわ。」
ミレイは自信満々に頷き、リンは無言で、しかしその瞳には静かな闘志を宿していた。
戦闘開始。戦場は深い森。悠斗はアスカの指示通り、敵の注意を引きつけながら、迷うことなく森の奥へと誘い込んでいく。
彼の「逃げ」の動きは、道場での特訓の成果もあって、以前よりもさらに洗練されていた。木々の間を縫うように走り、地面のわずかな起伏を利用して身を隠す。
悠斗を追いかける「ゴッドハンド」の敵兵たちは、深まる森の中でアスカの仕掛けた地雷や罠に次々と嵌まっていった。
「ぐわっ!」
「な、なんだ!?」
爆発音や、木々から突然現れるワイヤートラップに足を取られる音が響き渡る。敵はどこに罠があるのか分からず、混乱に陥っていく。
アスカは、森の中に巧妙に隠した監視ドローンからの情報と、悠斗の動きを冷静に分析し、的確な指示を出し続けた。
「ラビットちゃん、そこよ! 右手の枯れ木を避けて、そのまま直進ねん!」
「ミレイ、今よ! あそこの茂みに隠れている敵を狙撃なさい!」
「リン、北西に迂回しようとしている敵がいるわ。そこを潰してちょうだい!」
アスカの指揮は、まるで神業のようだった。彼女は森全体の状況を完全に把握し、敵の動きを読み切り、チームのメンバーを完璧に操っている。
その表情は勝利への確信に満ちており、普段の可愛らしいぶりっ子の面影は微塵もなかった。
敵の混乱に乗じて、ミレイの正確無比な狙撃が炸裂する。彼女の放つ弾丸は、罠にかかり足止めされた敵兵の頭を次々と撃ち抜いた。
「アスカの完璧な舞台装置、最高です!」
そして、リンが森の陰から現れ、日本刀で敵兵を瞬時に制圧していく。
「……逃がさないよ。」
悠斗は、自分が逃げ回ることで、敵が罠にかかり、アスカたちの攻撃で次々と倒れていく様子を目の当たりにした。
(すげぇ…。俺の「逃げ」が、こんなに強力な武器になるなんて…!)
彼は、自分が敵を倒すことだけが強さではないことを改めて実感した。彼の生存こそが、チーム「ヴァルキリー」の勝利の鍵なのだと。
アスカの完璧な作戦とチームの連動により、「ヴァルキリー」は「ゴッドハンド」に大勝利を収めた。
悠斗はミレイの狙撃により、最後の一人の敵が沈黙したのを確認すると、安堵と疲労で地面に倒れ込んだ。
VRゴーグルを外し、カプセルから出て、またもやへたり込む悠斗の元にアスカがやってくる。
彼女の表情は、達成感と、そしてどこか深い決意の光に満ちていた。
「ラビットちゃん、よくやったわねん。今日の勝利は、まさにあなたの『逃げ』の働きと、私の完璧な作戦の賜物よ。」
アスカは悠斗の頭を撫で、そして続けた。
「今回の完璧な勝利は、『サイバー・コネクト』にとって、そして…私自身にとっても、大きな意味を持つわ。」
彼女の瞳の奥には、普段見せることのない、深く、しかし揺るぎない決意の光が宿っていた。
「私は、この『インフィニット・ウォー』に…全てを賭けているの。ある大切なものを守るため、そして…決して譲れない、私自身のために。」
アスカはそれ以上語らなかったが、悠斗たちには、彼女がこの戦いに並々ならぬ覚悟と個人的な目的を持って臨んでいることが伝わった。その覚悟に触れ、悠斗はただのゲームではない、この戦いの重みを改めて感じ取った。
悠斗は、敵を倒せなかった悔しさをわずかに残しつつも、チームに貢献できたこと、そしてアスカの大きな目的に自分が関わっていることに、不思議な責任感と、これまでとは違う新たな強さへの欲求を抱いていた。
「そのために、あなたたちの力が必要なのよ、チーム『ヴァルキリー』。」
悠斗は、アスカの言葉に期待と不安を抱きつつも、力強く拳を握りしめた。彼の瞳には、この壮大な戦いの中で、自分の役割を全うし、仲間たちと共に勝利を掴むという、揺るぎない決意が宿っていた。
第5話 完