第1話:「生存率100%のラビット」

辺り一面、乾ききった土と砂で出来た荒野に、同じような色の隆起した岩が所々に点在していた。そして見渡すばかり同じような景色が広がっている。上空から覗くと、その岩陰に黒い人影が張り付いていた。

「体感温度35度設定。交戦相手との距離は400m。かれこれ40分は経過している。あの岩陰に絶対いる。向こうは気付いていないはずだ。絶対に倒す。」

やや小柄な青年は中距離ライフルのスコープを覗きながら呟いた。照準がぶれないように静かに呼吸を整える。汗が目に時々入るたびに、青年は顔をゆがめた。

突然、スコープから覗いた岩陰から相手の緑色のヘルメットがチラチラ覗いた。

「わあっ!」

青年は瞬間的に引き金を引いた。

銃弾は岩陰に当たり、ヘルメットは引っ込んだ。

「やばい。外した。しかも、こっちの位置がばれた。最悪だ。」

青年は震える手で銃を握りなおし、スコープも覗きなおした。

すると、相手は体ごと岩陰から身を乗り出し、こちらに銃口を向けていた。相手のスコープが光の反射でキラッと光った。

「ぬわっ!」

その反射を見た途端に青年は身をよじった。が、時すでに遅く、銃声が遅れて辺り一面に響き渡り、青年の構えていた銃のスコープにかすり、レンズにヒビが入っていた。青年は壊れたスコープの中距離ライフルを抱きかかえ、岩陰で隠れながら震えていた。

「ちくしょう、なんて正確な射撃なんだ。僕なんか、かなわない。どうしよう。」

しばらくブルブル震えていた青年だが、突然震えが止まる。

「ここから逃げなきゃ、多分、相手はあの武器を使ってくる。」

ヒュルヒュルと音がして、青年は飛び跳ねる様に走り出す。

「グレネードランチャーだ!」

青年は爆発を縫うように走り、岩から岩へ逃げまどうことしか出来ず、半ベソをかいていた。

 巨大モニターにその青年の情けない顔がアップになっている。

それをみている大勢の野次馬たち。

その中のモヒカン頭の一人が大きな声で叫ぶ。

「いいぞー。悠斗―。今日も頑張って逃げろー。」

野次馬たちはゲラゲラ笑った。

今は20XX年、15年程前にAI技術の進歩によりネットバンキング強盗が世界で立て続けに起こり、ネットワーク回線の情報量が世界的に規制された。それは全世界的に同時期に多発していた仮想現実世界中毒者の自宅変死を抑制するためでもあった。

人権団体やIT業界は強く反発し、ヨーロッパ諸国や東アジアではそれに関する内乱や小規模の紛争が頻発している情勢であり、それが今や日常となっていた。

私たちの日常生活も一変し、自宅でネットゲームが出来なくなり、ネット銀行も使えなくなった。AIも犯罪抑制のためネットを介する事が禁止された。だから公にはネットを使ったゲームやVRコンテンツなどの娯楽は、8年程前から国営のゲームセンターで一括して運営管理していた。

ゲームセンターエデンと書いてある派手な看板の建物、その外壁は派手な黄色で、所々錆びたトタンで修理されていた。

そのホームセンターぐらいはある巨大な建物の前で、学生服の青年が両こぶしを握り締めて立っていた。近年の更なる気候温暖化のため、9月下旬の昼下がりでも、既に熱せられたアスファルトは陽炎のような熱気が揺らめいているようだった。

ゲームセンターエデンは東京近郊の住宅地の真ん中にある。過去に日本中のゲームセンターは一度絶滅し、ここの場所も元々はボーリング場だったそうだ。

その正面ドアの前で両こぶしを握り締めて立っていた青年は、高校3年生の悠斗。高校3年生にしては小柄な彼は、ゲームセンターエデンの常連だ。店の重い扉を開き、店内のクーラーが彼の顔に心地よさを与える。

「見ろよ、今日も悠斗が来たぜ!」

常連客のけたたましい歓声が飛ぶが、もはや悠斗にとっては心地よいBGMだ。

クーラーの効いた店内は、外界の喧騒とは隔絶された独特の空気に満ちている。店の最後方で他のVR筐体と一線を画す、大きな筐体とモニターがあり、そこには、インフィニット・ウォーⅡと地味に書かれていた。そのVR筐体の前には白い色の一人用のカプセルが6台鎮座しており、彼の指定席は一番奥だった。

彼の目の前に置かれたVR筐体のカプセルは、かつて一大ブームを巻き起こしたVR戦闘シミュレーションゲーム「インフィニット・ウォー(IFW)」の続編、「IFWⅡ」だ。

この筐体は全身の感覚をダイレクトにフィードバックする「生体プラグ」接続型であり、その高額なプレイ料金と、あまりにもリアルすぎる戦場の描写は、今では熱狂的なコアファンだけを引き付けていた。そして、その数少ない一人が、悠斗だった。

彼はカプセル内のシートに座り、カプセルの扉を閉め、慣れた手つきで耳の後ろ下にある生体プラグを接続し、VRゴーグルを装着した。この世界では、18才以上であれば誰でもVRデバイスと脳を直接繋ぐための簡単な手術を受けられる。悠斗も18才の誕生日の日に、迷わずこの手術を受けたのだ。

「ピリッ」とした微かな痛みが走り、脳髄が直接デバイスに繋がれるような奇妙な感覚に襲われる。普段は猫背で、周囲の目を気にしてばかりいる悠斗の背筋が、ピンと伸びた。その表情は、いつものどこか気の弱そうなそれとは打って変わり、真剣そのものだった。

「ダイブ、開始。よし……っ」

彼の視界は、一瞬の暗転の後、焦げ付いた砂の匂いが立ち込める広大な砂漠の戦場へと切り替わった。瓦礫の山、燃え盛る炎、遠くで響く砲撃音。そのあまりのリアルさに、彼は思わず息をのむ。彼の操るアバターは、外見は彼そっくりの迷彩服に身を包んだ一人の兵士だ。手には中距離ライフル、腰にはナイフを装備し、額に赤いバンダナを巻いている。

だが、悠斗のプレイの腕前は下手の一言に尽きた。射程内の肉眼で見える敵兵を必死で狙うが、照準は安定せず、放たれた弾はほとんどが、あらぬ方向へ飛んでいく。

「なんで、なんで当たんないんだよ!」

歯がゆさに神経が昂り、VRモニター上の生体プラグに流れている電流情報数値の項目の感情メーターが突然高くなる。これは、自分の感情がそのままゲームの世界にフィードバックされ、過度な興奮によりプレイヤーが失神しないようにする安全装置だ。現実世界では、勉強も運動も無気力だった悠斗が、これほどまでに感情を露わにするのは、このゲームの中だけだった。

敵兵は彼の不器用な動きを見逃さず、瞬く間に彼のアバターは遮蔽物を介して包囲し、銃撃を浴びせていく。無情にも、彼の体力ゲージは急速に減っていく。しかし、ここからが悠斗の真骨頂だった。死にたくない! 負けたくない!という本能的な叫びと、彼自身も自覚のない「勘」と「運」が発動する。紙一重で弾幕を回避し、奇跡的な隙間をすり抜け、不格好ながらも必死に逃げ回る。

瓦礫の山を転がり、敵兵の弾丸が通り過ぎた直後の空間を走り抜ける。それはまるで、獲物を追いかける猛獣から、必死で逃げ惑うウサギのようだった。

結局、敵を一人も倒せず、1時間の制限時間切れでゲームは終了した。スコアは相変わらず最低ランク。

しかし、画面の右下には、小さく今までの累計生存時間「SURVIVAL TIME:999,999(カンスト)」の表示が煌めいていた。彼の死なない能力だけは、誰にも真似できないものだった。

筐体の前でしゃがみ込み、両手で顔を覆う悠斗。

「くっそー! また勝てなかった…!」

悔しさに声が震える。共働きで出張の多い両親からは、小遣いは生活費と一緒くくりに渡されていた。まさか息子に全額VRゲームに使われるとは夢にも思ってないだろう。

彼は心の底から勝ちたいと願い、いつも葛藤が渦巻いていた。現実世界でも、クラスの陽キャや、スポーツ万能な友人たちを見るたびに、内心で負けたくないと思いつつ、結局何もできない自分に歯がゆさを感じていた。それでも、唯一本気で熱中できるこのゲームの中で、自分は強くなりたい。彼は、ただそれだけを強く願っていた。しかし、その想いとは裏腹に、今日もまた、一人も敵を倒すことはできなかった。このゲームセンター通いを始めて2ヶ月。悠斗の平凡な日常は、まだ何一つ変わっていなかった。

プレイを終え、汗と悔しさにまみれて悠斗が座り込んでいると、エデンの正面扉が、ガラガラッと、いつもより大きく響く音を立てて開いた。昼間の強い日差しが差し込み、店内の薄暗さを切り裂く

逆光の中に、3つの影が立ち、悠斗は思わず顔を上げた。その瞬間、店内の空気は一変した。まるで、違う世界から紛れ込んできたかのような、強烈な存在感をみたからだ。

まず目に飛び込んできたのは、真っ赤なフリルとレースをふんだんに使ったゴージャスなゴスロリドレスに身を包み、日傘を携えている美少女だ。小柄ながらも完璧な人形のような美貌を誇る彼女の視線が、キョロキョロと店内を見渡し、悠斗の座るVR筐体の方に、まっすぐ向けられた。

次に、スラリとしたスタイルの女子高生。艶やかな長い黒髪は光を反射して輝き、動くたびに美しくしなやかに揺れる。透き通るような肌と、自信に満ちた華やかな微笑みは、見る者全てを魅了した。彼女が着ている、有名お嬢様学校の制服の装いも相まって、常連のオジサンたちは一人残らず、思わずゲームの手を止めて見入っている。

そして最後に、悠斗と同じくらいの身長だが、その目と表情から、芯の強さを感じさせる美少女だ。黒い髪は少し短く切り揃えられており、見る者に中性的な印象を与えた。紫色のパーカーのフードを目深に被り、短パンからすらりと伸びた贅肉の無い白い健康的な足に目を奪われる。他の2人とは対照的に表情は動かず、何を考えているのか読み取りにくい。それでも、3人のうちで真っ先に悠斗を発見した彼女の鋭い視線は、肉食動物のように悠斗を捉えて離さなかった。

彼女たちのあまりにも異質でまぶしい存在感に、悠斗の目線と思考は完全に固まった。

「なぜこんなに綺麗な人たちが、なんでこんな薄暗いゲームセンターにいるんだろう。」

急に我に返った悠斗は突然居たたまれない気持ちになり、とっさに顔を伏せてしまった。

ツカツカとゴスロリ少女が悠斗の目の前に仁王立ちになり、そのドレスの裾のフリルが揺れる。その度に、甘い香りが漂う。

「あらぁ~? ここで悠斗きゅんを発見ですのん。アスカ、あなたのプレイ、感動しちゃったわ~。」

甘ったるい声で、わざとらしく両手を頬に当てながら言うアスカの言葉に、悠斗はビクリと肩を震わせた。その甘い声と予想外に褒められた事により、彼の頬が少し赤くなった。

スッと悠斗の隣に移動してきた長い髪の女子高生が、悠斗の腕を掴み、そのまま自分の方にギュッと抱きしめる。

「貴方が悠斗さんね? わたくしの名前はミレイです。随分と可愛らしい方ですのね。わたくしたち『ヴァルキリー』が直々に貴方をお迎えに来てさしあげたのですから、光栄と思ってくださって結構ですわ。」

あまりに突然のことに、悠斗の全身は硬直し、思考も固まった。彼女の長い髪から漂うシャンプーの香りと、やわらかな感触に、さらに顔が赤くなる。

少し離れた所にいるパーカーの美少女が、悠斗に向けて指差し確認をして静かに話す。

「……悠斗君。私はリン。」

発せられた言葉数は少ないが、ゆっくりとした口調で、その声は澄んで綺麗な声をしていた。悠斗を値踏みするようにジッと見つめるその視線に、悠斗はあらためて身構えた。

アスカは、悠斗の顔を覗き込むようにして目を逸らさずに話を続けた。

「貴方のその死なない能力、私たちが見込んだわ。今すぐ、私たちと一緒に我が『サイバー・コネクト』社が現在開発中の『IFWⅢ』をプレイしなさい。残念だけど、貴方に選択権はないのよ。ご両親ともすでに交渉は済んでいて、契約金は払い済みなのねん。…と、いうわけで、悠斗きゅんのこれから後の事は、この天才アスカちゃんにまっかせなさーい。」と飛び切りの笑顔で語りかけた。

悠斗は、自分が勝てないのにスカウトされ、しかも契約済みの意味が分からず、困惑しきっていた。

「あの……僕、全然上手くないですけど…僕、敵を倒せませんし…。」

悠斗は思考がハッキリせず、しどろもどろに言葉を絞り出す。

アスカは、彼の言葉を軽く受け流した。

「あら、そんなこと関係ないのよ~。勝つことは、他の子たちが頑張ってくれるから! 悠斗きゅんには、もっともっと大切な役割があるの。」

彼女の瞳の奥には、その甘ったるい口調とは裏腹の鋭い光を宿していた。

「VRゲームの最新版の『IFWⅢ』はホントにリアルで面白いですよ! ですけど死にすぎると心が壊れちゃうかもだから、ちょっとだけ危険なんですって。だから法律で1日3時間までしかプレイ出来ないんです。でも、悠斗さんはきっと大丈夫です!」

ミレイが笑顔で能天気に言い放つ。悠斗の頭の中に、心が壊れるという言葉が響き悠斗は一瞬青ざめた。

(こんな派手な人たちと、関わるなんて…無理じゃないか?…僕には、無理だよ。)

彼女たちの言葉は、悠斗の心を激しくかき乱した。今まで彼が唯一得意としてきた生存能力が、こんな形で評価されるとは夢にも思わなかったのだ。しかし、心壊れる、や危険といった言葉に、新たな恐怖も感じた。

(でも、もし…もし僕が、もっと強くなれる場所があるとしたら…? もっと僕も、カッコよく戦えるなら…!)

彼の心の中に燻っていた、どうしても勝ちたいという純粋な想いが、恐怖や内気な性格を上回ろうとしていた。彼女たちの輝きに、抗い難いほどの魅力を感じてしまう。

結局、悠斗は自分の中に燻っていた、変わりたい、強くなりたい、という衝動に突き動かされ、ハッキリとした声で答えた。

「……はい、やります! 僕、強くなりたいから。

悠斗の返答に、アスカは満足げに微笑んだ。

「よーしよし、よーく決断したのねん。天才アスカちゃんの目に狂いはなかったのだ。」

ミレイは悠斗に再度抱きつき、「やったね!」と喜びの声を上げる。リンは、無表情ながらも、悠斗にわずかに頷いたように見えた。その瞳の奥には、静かな期待が宿っているかのようだった。

チーム『ヴァルキリー』の拠点である、近代的なラボへと案内された悠斗。町のゲームセンターとは違う、あまりに未来的な空間に、彼は目を奪われた。

「さあ、悠斗きゅん。これが貴方の専用カプセルよ~。」

アスカに促され、悠斗は巨大なVRカプセルへと横たわる。『IFWⅡ』よりも一回り大きなカプセルの内部は無機質な白で、それを見た悠斗は自分の心臓の鼓動が耳元で大きく響いているのが分かった。生体プラグとVRゴーグルの最終的な説明を受け、悠斗は言われるままにカプセル内のシートに座り、生体プラグとVRゴーグルを装着し、カプセルの蓋がゆっくりと閉じた

アスカの声が、カプセル内のスピーカーを通してクリアに聞こえる。

「さあ、悠斗きゅん。準備はいいかしら? まずはAI相手の模擬戦から始めるわん。アスカが、新しい世界へ案内して、あ・げ・る。ダイブ、開始よん!」

悠斗の視界は完全な闇に包まれていたが、次の瞬間、悠斗の全身を電流のような感覚が走り抜け、視界がフラッシュし、一瞬で景色が切り替わった。

そこは、焦げ付いた砂の匂いが立ち込める、広大な砂漠の戦場だった。瓦礫の山、燃え上がる炎、遠くで響く砲撃音。そのリアルさに、悠斗は思わず息をのむ。今まで味わったことのない、まるで本当に戦場に放り込まれたかのような、強烈な没入感だった。

自分のアバターを確認してみると、ほぼゲームセンターエデンでの『FWⅡ』と同じだが、幾分か動きやすい戦闘服を着ていた。装備も同じ、中距離ライフルと腰にナイフだ。

ほどなくして目の前には、それぞれ個性的な戦闘服に身を包んだアスカ、ミレイ、リンの3人のアバターが現れた。身体は現実での姿と同じだが、その目つきは鋭くなっており、全身から戦場のプロのオーラを放っていた。

アスカの指示が、ヘルメット内の通信機から冷静に響いた。

「作戦開始よ、悠斗きゅん。私の指示通りに動けばいいわ。」

アスカの言葉と同時に、遠方から激しい銃声が聞こえる。砂漠の彼方から、敵の部隊が悠斗たちをめがけて、猛烈な攻撃を仕掛けてきた。

悠斗以外の3人はその場から目にも止まらない速さで散開し、矢継ぎ早に華麗に敵を倒していく。

それに見とれてしまい立ち尽くす悠斗。しかし敵の砲撃と銃撃が悠斗のすぐそこに迫ってきた。

「悠斗きゅん、そこの大きな岩の陰に移動するのねん。」

ハッと我に返り、悠斗は指示通りに動く。しかしその瞬間、彼のすぐ近くに着弾したロケットランチャーの爆発音が耳をつんざき、大量の砂煙が舞い上がった。爆風で体が吹き飛ばされそうになるが、反対方向に砂に転がり、それを間一髪で避ける。

敵の集中砲火が、まるで磁石に引き寄せられるかのように、悠斗に降り注いだ。悠斗は反撃しようと中型ライフルを構えるが、恐怖と焦りで狙いが定まらない。必死に引き金を引くが、弾は明後日の方向に飛んでいく。

「くっそー! 当たんねぇ! なんで僕ばっか狙うんだよ! ひどい!」

悠斗の感情は隠しようがなく、顔には悔しさと不満がありありと浮かんでいた。

「よし、そのまま止まらずに~、あの崩れた建物の中なのだ!」

アスカの指示が続く。悠斗は、恐怖と敵を倒せない悔しさで、砂漠を不格好に逃げ回る。地面を転がり、瓦礫の陰に隠れ、信じられないような隙間をすり抜け、奇跡的に敵の攻撃をかわし続けた。彼の「勘」と「運」が極限まで研ぎ澄まされ、現実世界ではありえないほどの俊敏さで敵の攻撃をかわし続ける。

背後からは、アスカたちの敵をせん滅している音が聞こえるが、悠斗には自分が敵の注意を引き、彼女たちの突破口を開いているという自覚はない。ただ、死にたくないと負けたくないという本能が彼を突き動かしていた。

銃撃と爆撃が降り注ぐ中、悠斗は必死に息を切らしながら、アスカの通信を聞く。

「さっき見たでしょう、悠斗きゅん。私たち3人の『ヴァルキリー』は最強なのねん。」

冷静だが、確信に満ちた声が、銃声の合間を縫って響く。悠斗が、間一髪で飛んできた銃弾に体をひねって回避する。その動きは、まるで訓練された兵士のようだった。

「私たちは戦略、狙撃、近接。全てにおいて隙がない。けれど、私たち3人には決定的に足りないものがあるのねん。」

悠斗は、砂丘の稜線を乗り越え、敵の視界から一時的に消える。その瞬間、彼の後方にいたアスカ、ミレイ、リンが、彼が引きつけた敵の注意の隙を突き、電光石火の速さで敵陣の奥深くへと侵攻していくのが、彼の視界に一瞬映った。

「それは、完璧な『おとり役』。」

悠斗が、再び顔を上げると、新たな方向から敵の銃撃が集中する。彼は再び、そのすべてを回避した。

「そして、絶対に死なない者。」

悠斗は、瓦礫の陰に飛び込み、目を閉じ呼吸を整える。再び、通信機からアスカの声が聞こえた。

「貴方よ、ラビット。」

悠斗が半ベソをかきながら不格好に逃げ惑う姿を双眼鏡で見て、アスカの顔には甘い笑みが浮かんでいた。

「あらあら、ラビットちゃん、可愛いったらありゃしないですのね。」

彼女の瞳は、まるで珍しいおもちゃを見つけた子供のように輝いていた。

ミレイは、悠斗の情けない顔をライフルのスコープ越しに見て、恍惚とした表情を浮かべる。

「うふぅ…っ、ゾクゾクします! その顔、最高です、悠斗さん!」

リンはしばらく無言で悠斗を見つめていたが、誰にも気づかれないような小声で呟く。

「……悪くないね、悠斗君。」

その頬がごく僅かに緩み、瞳の奥に静かなときめきが宿っているかのようだった。

(くっそ…! 僕、何もできないのに…! なんだかすごく悔しい…!) 悠斗は爆風と巻き上げられた砂塵の中で、涙と鼻水をすすりながら、不格好だが確実に次の隠れ場所へと、時々転倒を繰り返しながら走り出した。彼の『インフィニット・ウォー』での地獄のような日々は、こうして幕を開けたのだ。