第2話:ラビットの役割とチームの絆

爆炎と銃弾が嵐のように降り注ぐ砂漠の戦場。悠斗は、砂埃と硝煙にまみれながら、必死に走っていた。背後から聞こえる炸裂音と、耳元を掠める銃弾の鋭い風切り音に、心臓が悲鳴を上げている。

「ひっ、ひどい! また僕ばっかり!」

通信越しに響くアスカの声は、相変わらず冷静だった。

「いいわよ、ラビットちゃん。その調子で、もう少し右へ。そのまま、あの瓦礫の山を越えるのよん。」

彼女の指示を頼りに、悠斗は泥と砂まみれになりながらも、無我夢中で駆け続ける。疲労困憊で、息も絶え絶えだった。

VR筐体に備え付けられている巨大なモニター画面には、レーダーに表示されたアスカ、ミレイ、リンの3つの光点が、少しずつ遠ざかっていく。彼女たちは、悠斗が敵を引きつけている間に、素早く連携して敵部隊の側面へと回り込み、せん滅していた。その動きは無駄がなく、流れるようだった。

やがて、瓦礫の山を越えた先、ようやく3人が隠れる巨大な岩陰を発見し、悠斗はそこに飛び込んだ。

「ぜぇ…ぜぇ…なんとか…来た…!」

岩陰に身を潜めた悠斗は、肩で息をしながら、辛うじて言葉を絞り出す。

アスカは涼しい顔をして、悠斗を見下ろしていた。

「ふふん、よく来たわね、ラビットちゃん。お利口さんなのだ。」

ミレイは満面の笑みで、悠斗の肩をポンポンと叩いた。

「悠斗さん、砂で汚れてしまいましたわね。でも、その情けないお顔、素敵です!」

そして、口数の少ないリンが、短いながらも優しい声で悠斗の無事を確認する。

「……大丈夫?」

悔しさと不甲斐なさで顔を歪ませながら、悠斗は叫んだ。

「大丈…夫なわけないよ! どんだけ死にかけたと思ってんだよ!」

悠斗が合流すると、アスカは冷静な声色で話しかける。

「さて、ラビットちゃんが敵の注意を十分に引きつけてくれたことですし、そろそろ本番とまいりましょうか。」

アスカは背中のリュックからタブレット型のパソコンを取り出し、3人に見せた。

そこには古代の戦場が再現されたマップが表示され、クリックすると立体的な展開図が示された。アスカは、展開図をさらに拡大し、画面に映る古代の戦士たちを指し示しながら説明を続ける。

「さて、史実にはおとりを使って大勝した戦術が数多く存在するのですのん。」

画面には、紀元前216年の『カンナエの戦い』の簡易シミュレーション映像が流れた。

「例えば、カルタゴの将軍ハンニバルは、中央を弱く見せかけ、ローマ軍を誘い込み、完璧な包囲殲滅で圧倒的な勝利を収めたわ。」

続いて、トロイの木馬のイラストや簡易映像が映し出される。

「他にも、みんなも知っている『トロイの木馬』。これはおとりとして敵の警戒を解き、内部に侵入する計略よ。」

そして、第二次世界大戦におけるノルマンディー上陸作戦の地図や、偽の戦車の写真が画面を埋め尽くした。

「そして、もっと近年の例だと、第二次世界大戦におけるノルマンディー上陸作戦前の『フォーティテュード作戦』。これは偽の部隊やダミーの装備でドイツ軍の注意をノルマンディーから別の場所へ引きつけ、上陸作戦を成功させた大規模なおとり作戦なのねん。」

アスカは、一つひとつの歴史的な戦術を丁寧に解説し、最後に悠斗をまっすぐに見つめた。

「そして、これらの作戦全てに必要不可欠なもの…それは、完璧な『おとり役』。敵の注意を一身に引きつけ、味方に決定的なチャンスをもたらす存在なのねん。」

彼女は再び、悠斗の目を覗き込む。

「あなたのことよ、悠斗きゅん。あなたの死なない能力は、この『おとり役』として、このチーム『ヴァルキリー』にとって何よりも価値があるのですのん。」

悠斗は戸惑うが、アスカの真剣な瞳に、ただならぬ意味を感じ取った。

アスカの指示で、再び戦闘が再開される。悠斗は引き続き敵の注意を惹きつけ、ミレイとリンがアスカの指示通りに動く。敵兵が悠斗に集中し、密集した隙を見計らい、アスカは隠し持っていた地雷を設置し、手榴弾を投擲した。

「皆、いくわよ!」

爆発音と閃光。敵兵が一瞬で吹き飛ばされ、混乱に陥る。その隙を突き、ミレイが遠方から正確な狙撃を、リンが圧倒的な近接戦闘で、残存敵兵を次々と殲滅していく。

悠斗は、その光景を目の当たりにし、自分がいかに無力だったか、そしてアスカたちの能力がいかに圧倒的であるかを再認識する。同時に、自分がおとりになったことで、敵が壊滅していく様子に複雑な感情を抱いた。

(すげぇ…! みんな、本当に強いんだな…。僕、本当に、みんなの役に立ってるのか…?)

―チーム『ヴァルキリー』のラボ内、作戦室。

『IFWⅢ』の初ダイブを終え、VRカプセルから解放された悠斗は、チームのメンバーとともに、モニターに映し出される戦闘のリプレイ映像を見ていた。

そこには、俯瞰視点から捉えられた、戦闘の全貌が映し出されていた。

悠斗のアバターが、無様に逃げ回る姿が映し出される。しかし、その動きが敵のフォーメーションをいかに乱し、敵の射線をいかに引きつけ、結果としてアスカたちの攻撃を成功させていたかが、わかりやすく可視化されていた。

特に、悠斗がギリギリで敵の攻撃を避けるたびに、敵兵の動きが大きく変わり、その結果としてミレイの狙撃ポイントやリンの突入経路が生まれる様子がデータとして示される。

アスカが、悠斗のアバターの動きと敵兵の反応を示すデータを指し示しながら、専門用語を交えつつ冷静に分析を説明した。

「見てごらんなさい、ラビットちゃん。あなたのその死なない動きが、どれだけ敵の注意を惹きつけ、私たちの攻撃を容易にしたか。まるで完璧な陽動ですのん。」

(モニターの自分の姿を見て)「うっ…確かに、言われてみれば……」

悠斗は、自分の「勘」と「運」が決して無意味ではなかったことを理解し始める。しかし、敵を倒していないという事実が彼の心に引っかかった。

「でも、俺、結局、敵を倒してないし…ただ逃げてただけじゃん…。本当に、役に立ったのか…?」

悔しさと不甲斐なさで、まだ納得がいかない表情を浮かべる悠斗。

「あらあら、悠斗さん。それが一番大切なことなのです。誰でもできることじゃないのですから!」

満面の笑みで悠斗に抱きつくミレイ。悠斗はまた顔を赤くする。

「……確かに、役に立った。」

リンは短い言葉だが、その瞳は真剣で、悠斗への評価を示していた。

「ふふん。まぁ、わからずやでも、これからの訓練で嫌というほど実感するでしょうねん。さ、次からは基礎訓練よ。天才アスカちゃんにまっかせなさーい。」

しぶしぶながらも、悠斗は3人とともにVR空間での基礎訓練に参加した。

それから毎日のように、4人でのVR訓練として敵の集中攻撃からの回避訓練、狭い通路での突破、味方との連携を意識した移動など。おとり役として必要なスキルを磨くための訓練が続いた。

悠斗は、依然として敵を倒せないことに苛立ちを感じながらも、必死に食らいついていく。時折、アスカが冷静に「今の動きは良かったのねん」「ここがダメねん」と的確なアドバイスを送る。ミレイは悠斗をからかいながらも励まし、リンは黙々と隣で訓練をこなした。

数日後、チーム『ヴァルキリー』と仮想敵部隊との模擬戦が始まった。舞台は、広大な草地と、点在する岩や低木が広がる草原マップだった。

「本日の作戦名は、名付けて『ラビット・トラップ』。日本古来の戦術『釣野伏せ(つりのぶせ)』を応用するのですのん。」

アスカが、作戦室のモニターに表示されたVRマップ上で、作戦図を示す。

「ラビットちゃんには、この広大な草原で敵部隊を縦横無尽に引きつけてもらうわ。彼らがラビットちゃんに夢中になっている間に、アスカちゃんとミレイは遠距離から牽制射撃、リンは敵の懐に潜り込み、両翼から挟み撃ちにするのねん。」

作戦図には、悠斗が大きく敵を引きつけ、ミレイとリンが左右から敵を挟み込むイメージが表示されていた。

「僕が…おとりで、しかも罠ってこと…?」

「その通りよ、ラビットちゃん。まさに貴方のためにある作戦なのですのん。」

再びVRにダイブした悠斗は、草原の中を必死に走り回る。敵兵が次々と彼を追い、銃弾が雨あられと降り注ぐ。

数日間の訓練の成果は、明確に表れていた。前回の戦闘よりも、悠斗の「勘」と「運」の精度が上がっている。敵の動きを無意識に予測し、まるで事前に知っていたかのように攻撃を回避する。

(くそっ、また俺ばっか! でも、なんだ…? なんとなく、あいつらがどこを狙ってくるか、どこに隠れてるか、わかる気がする…!)

彼の能力が、経験と訓練によって敵の動きを読む力へと昇華し始めていた。

悠斗が敵の注意を完全に引きつけ、敵部隊が密集したその時、ミレイが遠距離から正確な狙撃を開始した。

「悠斗さんがお膳立てしてくださったのですから、外すわけにはいきません!」

狙撃銃のスコープ越しに、的確に敵兵の頭を撃ち抜いていく。

同時に、リンが草陰から飛び出し、日本刀を振るいながら敵兵の中へと切り込んだ。

「……邪魔だよ。」

無表情ながらも、研ぎ澄まされた動きで次々と敵を無力化していく。

悠斗は、後方で敵兵が次々と倒れていく様子を目の当たりにした。自分が逃げ回ることで、彼女たちがどれだけ有利に戦えているかを、肌で実感する。

悠斗は最後まで生き残り、敵部隊は全滅。チーム『ヴァルキリー』の大勝利だった。

模擬戦を終え、VRゴーグルを外した悠斗は、またしても地面にしゃがみ込み、顔を両手で覆った。

「くっそー! また敵、倒せなかった…!」

勝利したにもかかわらず、本質的な敵を倒すことが満たされていない。悔しさと、少しの不甲斐なさから、ガックリ肩を落とす。

そこに、アスカ、ミレイ、リンがやってきた。

「ラビットちゃん、お疲れ様でした。完璧な働きだったわねん。今日の勝利は、貴方のおかげなのですのん。」

いつもの甘ったるい声だが、どこか心からの称賛がこもっていた。

「そうです、悠斗君! あんなに敵を引きつけてくださって…ゾクゾクしました! 貴方がいてくださるから、わたくしたちは安心して戦えるのです!」

ミレイは悠斗の腕を掴んで、ブンブンと振る。

「……最高だよ。今日の君は。」

リンは悠斗の顔をじっと見つめ、普段見せないような、微かな笑みを浮かべた。悠斗はハッとする。

悠斗は、しょんぼりとした顔を上げ、3人の顔を順に見つめた。彼らの真剣な、そして自分を信頼している眼差しに、胸の奥が熱くなる。

(僕…本当に、役に立ったんだ。倒せなくても、僕にしかできないやり方で…みんなの役に立てたんだ…!)

悠斗は、決意を新たにする。

「…僕、頑張るよ! 僕のやり方で、みんなの役に立つから!」

悠斗の言葉に、アスカは満足そうに頷き、ミレイはさらに強く抱きつき、リンは口元にごくわずかな笑みを浮かべて再び悠斗をじっと見つめる。

数週間が経過した。訓練や模擬戦を通して、悠斗と3人の美少女たちの距離は着実に縮まっていく。

悠斗は、アスカの指示に以前よりスムーズに従えるようになり、ミレイの抱きつきにも慣れ、リンの無表情の奥にある優しさにも気づき始めていた。

彼女たちも、悠斗の愚直な努力や、時折見せる純粋な優しさに触れ、彼を単なるおとり以上の存在として認識し始めていた。

ある日、アスカが悠斗を呼び出す。

「ラビットちゃん、お話しがあるのねん。次の模擬戦から、私たち『ヴァルキリー』が参加している『IFWⅢ』のテストプレイは、企業間の代理戦争の要素が色濃くなるわ。」

「これまでのような単なる模擬戦とは違う。『IFWⅢ』の利権を賭けた真剣な、まさに戦争へと、いよいよ本格的に踏み込むことになるのよ。」

アスカの表情は、いつものぶりっ子モードから一転、真剣なビジネスウーマンの顔になっていた。

悠斗は、その言葉に僅かに身構える。しかし、彼の瞳には恐怖よりも、新たな戦場への決意と、仲間たちへの信頼が宿っていた。

「……わかった。僕、やるよ。みんなのためにも、絶対に生き残って…役に立つから!」

彼の瞳は、決意に満ちた光を放ち、次なる戦いへと挑む覚悟を示していた。