第3話:白い死の女王

僕の名前は悠斗。高校三年生だ。生体プラグを繋いでプレイするVR戦闘シュミレーションゲーム『インフィニット・ウォーⅡ』にドハマりして早3か月、なぜか『インフィニット・ウォー』シリーズを開発している『サイバー・コネクト』社のラボにいる。

ここ1か月は午前中で授業が終わる高校から、そのままこのラボに来る毎日だ。

そして、隣で鼻歌を歌いながら楽しそうにネイルをしている美人さんがミレイさんだ。彼女は幼いころからモデル業をしており、芸能人に疎い僕でも知っているちょっとした有名人だ。

今はネイルがうまくいかなくて、悲しんだり困ったり怒ったりを繰り返している。ずっと観察していると表情がコロコロ変わる、猫みたいな人だ。

あっ、しまった。目が合った。

「あら、悠斗さん。わたくしのお顔に何かついてますか?それとも、この超絶可愛いモデルのミレイに惚れちゃいましたか?……ウフフ。」

ミレイさんが僕の視線に気付いてニヤニヤ笑った。

僕は耳まで真っ赤になり下を向く。こういう気さくで飾らないところがミレイさんの魅力なのだ。

一方、部屋の端に目をやると壁に向かって目を瞑り正座をしているショートカットの美少女がリンさんだ。彼女はあまり自分の事を話さず、いつも最低限の言葉しか話さない。たまに僕と目が合うと急いで目を逸らして耳を真っ赤にすることがある。僕と同じ内向的なのだろうか。個人的に共感がもてるので、安心する人だ。

ミレイさんから一方的に話を聞かされたのだが、リンさんはこの若さで古武術道場の師範代なのだそうだ。道場主のお祖父さんと二人きりで暮らしていて、トラ柄の猫と秋田犬を飼っているそうだ。常に一人暮らしの僕と家庭環境が割と似ている。さらに個人的に共感がもてるので、見ていて、安心する人だ。

「……悠斗くん。今、気を練って集中してるの。こっちをジッと見ないで。」

リンさんは背を向けながら、静かに呟いた。流石、師範代は伊達じゃない。

「……ごめんなさい。」

「だったら、悠斗さん、わたくしとおしゃべりしましょう。この会社の近くに新しく出来たサンドイッチ屋さんのフルーツサンドが、絶品でして、わたくしがその場でお店のオーナーにお聞きしたところ、挟んである果物が特別で、なんと専属農家と契約をして……」

ミレイさんの止まらない話が始まろうとしていた、その時。

「みんな、遅れてごめんなのねーん!」

大量の紙の束を抱えながら、アスカさんがラボのドアを蹴破って入ってきた。アスカさんと初めて会った時のゴスロリ姿は外出のみかと思ったが、常に真っ赤なゴスロリ姿なのを知り、こういう人なのだと知った。

そしてまたもやミレイさんからの一方的な情報なのだが、アスカさんは僕たちと同じ年の18才では無く21才で、なんとこの『サイバー・コネクト』社の重役を務めているそうだ。

さらにアスカさんはアメリカで育ち、飛び級で大学を卒業し、『インフィニット・ウォー』シリーズの最新作『IFWⅢ』の開発の一部を任されているそうだ。まさに天才なのだが、実際に接してみると、ぶりっ子キャラで天然のアナログ思考で……、まぁ、一言で言えば変わり者だ。また、アスカさんのしゃべり方は1990年代のアニメやレトロゲームで日本語を学んだそうだ。彼女曰く、

「その国の言語を学ぶ時は、その国が最も勢いがある時代の最も優れているコンテンツから学ぶべきなのよん。」

……だ、そうだ。僕には、よく分からない。

「……さて、チーム『ヴァルキリー』の皆さーん、今日も楽しい訓練なのねん。」

僕はこの日常に慣れつつあり、皆といる時間が心地よくなっていた。

街のゲームセンターで毎回一時間に一万五千円する高いプレイ料金を払う必要も無く、ぼっちで人と今までまるで接点が無かった僕がこんなにも人と関われるなんて夢みたいだ。多分、部活とかってこんな感じなのかなって思う。

ただ、今日は気が緩み、二回くらい死にかけ、

「……ラビットちゃん。これは遊びじゃないのねん、部活ノリは困るのよん。インポータントワーク、仕事なのよーん。気合を入れなさい、気合よ!」

……と、アスカさんに罵倒された。足手まといにならないように、頑張らなければ。

 アスカはミレイ、リン、悠斗がVR訓練をしている間、モニターを見つめている。

「…ミレイは好調ね。精神と肉体のバランスが取れている。リンは我慢し過ぎね。次回の企業対抗模擬戦では前線には出せないわ。相性率が二人とも99,8%でも、こちらから精神に介入は出来ない。」

モニターに映るアスカの顔は、暗闇に少し悲しげな表情で、不気味に映っている。

そんなある日、チーム『ヴァルキリー』のラボの作戦室は、いつもより張り詰めた空気に包まれていた。巨大なモニターには、次なる模擬戦の対戦相手の情報が映し出されている。VR業界の巨大企業『ゼウス・インダストリー』が支援する強豪チーム、その名も『ゴッドハンド』。

アスカはいつもの甘ったるい声とは裏腹に、真剣な表情で説明を始めた。

「ラビットちゃん、ミレイ、リン、聞いてちょうだい。次の模擬戦は、ただの訓練ではないわ。本格的な企業間の代理戦争の幕開けよ。『ゼウス・インダストリー』は、私たち『サイバー・コネクト』の最大のライバル。今回の戦いは、これからの企業競争を左右する重要な一戦になるわ。」

アスカの指がモニターを滑る。

「そして、相手企業は、すでにラビットちゃんの情報を掴んでいるみたいなのねん。あなたの『生存率100%』の能力を警戒し、今回、あなたを徹底的に狙ってくるわん。これは、あなたの能力が試される戦いになるでしょうねん。だからこそ私は最前線でその場の判断で指揮を執りながら、みんなをサポートするわよん。」

悠斗は、モニターに表示された『ゴッドハンド』のエンブレムと、敵チームのプロフィールを見て、ごくりと唾を飲み込んだ。そこには、過去の戦績や個々のプレイヤーのデータが並んでおり、そのどれもが悠斗とは比較にならないほどの撃破数の数字を示していた。

「うわっ…すっげー強いじゃん、こいつら…。」

悠斗は思わず声に出して呟き、胃がキリキリと痛み始める。自分がどれだけ生存できても、結局敵を倒せないという事実が、この強敵を前にして、重くのしかかる。

「僕の『生存率100%』が、逆に狙われるってことか…。プレッシャー半端ねぇ…。」

そんな悠斗の不安を打ち消すように、ミレイが艶やかな黒髪を翻し、自信に満ちた笑顔を浮かべた。

「あら、悠斗さん、そんなに心配なさらないで。今回の戦場は、わたくしにとって最高の舞台です!」

ミレイの瞳は、挑戦的な輝きを放っている。

「戦場は吹雪。視界が悪ければ悪いほど、狙撃手(スナイパー)の腕が試される。そして、わたくしの能力が最大限に発揮されるのです。貴方がどれだけ騒ぎ立てて敵を引きつけても、悠斗さんにたどり着く前に、わたくしの狙撃からは逃れられません!」

彼女は軽く笑い、悠斗の肩に手を置いた。

「楽しみにしていなさい、悠斗さん。わたくしの最高の舞台を、見せつけてあげるわ!」

その自信に満ちた言葉と、見慣れないミレイの真剣な表情に、悠斗は少しだけ圧倒されつつも、胸の奥に微かな期待が芽生えるのを感じた。リンはいつも通り無言で、しかしその視線はミレイの言葉と悠斗の顔を行き来し、静かに状況を観察していた。

ダイブした次の瞬間、悠斗の視界は完全な白に包まれた。VRカプセルからダイブした戦場は、雪深い森林地帯、その名も「ホワイト・ヘル」。激しい吹雪が視界を遮り、わずか数メートル先も見通せないほどの悪天候だ。体感温度も極限まで下げられ、肌を刺すような寒気がアバターを通して伝わってくる。悠斗のすぐ隣には、アスカ、ミレイ、リンの3人のアバターが立っている。

アスカはすでに小型のドローンを展開し、状況把握に努めていた。アスカの声がヘルメット内の通信機から響く。冷静だが、その声には最前線に立つ者特有の緊張感が宿っている。

「吹雪が酷いから、ラビットちゃん。慎重に動くのねん。敵はラビットちゃんを『生存率100%』と侮れない存在と見ているわ。だからこそ、人海戦術や飽和攻撃で、確実にあなたを追い詰めてくるでしょうねん。私も前衛に立つから、いつでも指示に従ってちょうだい!」

アスカの言葉通り、開始早々、数えきれないほどの敵兵が悠斗めがけて突撃してきた。銃弾の嵐が降り注ぎ、雪煙が吹き荒れる。

「ひいぃっ! なんだこれ!? 多すぎだろ!」

悠斗は叫びながら、これまで以上に激しい攻撃の中を必死に逃げ回る。雪原に足を取られそうになりながらも、時折頭の中に響き渡る「勘」と「運」が働き、紙一重で銃弾や爆発をかわしていく。彼の背後には、まるで雪崩のように敵兵が追いすがる。まさにラビット狩りという言葉がぴったりの状況だった。

その頃、ミレイは凄まじい吹雪が吹き荒れる中、彼女だけが理解できる一点を見つめて、全ての部隊から離脱して単独行動をしていた。悠斗からは少し離れた高台で、静かに、慎重に狙撃ポイントを確保していた。

吹雪で視界が最悪な中、彼女はただ一人、一切の動揺を見せない。その表情からは、普段の余裕の笑みが完全に消え、研ぎ澄まされた本来の彼女の顔になっていた。妖艶な瞳は鋭く、まるで獲物を捉える獣のように、吹雪の向こうの微かな動きを捉えようとしている。彼女はゆっくりと雪原の岩肌に寝そべり、狙撃銃を構えた。片目をつぶり、スコープを覗き、彼女は呼吸を止めた。

「パンッ!」

乾いた狙撃音が、吹雪の中にかすかに響き渡る。その音と共に、悠斗を追っていた敵兵の一人の頭が、鮮血を散らして吹き飛び、光を発しながら消滅した。アスカの声が、興奮気味に通信機に流れる。

「ブラボー! ミレイ! まさに伝説の狙撃手、『白い死神(シモ・ヘイヘ)』の再来ねん! 彼は第二次世界大戦で、白いギリースーツを着て雪原に潜み、ソ連兵を500人以上も単独で仕留めたという、まさに狙撃の神様よ。今日のミレイは、まさにその『白い死神』、いえ『白い死の女王』よ。彼女の天才性を遺憾なく発揮しているわ!」

アスカの解説に、悠斗は逃げ惑いながらも思わず耳を傾けた。現実世界のVR筐体に備え付けられたモニター越しに映し出されるミレイの正確無比な狙撃。まるで吹雪を味方につけたかのような、神業だった。

ミレイは、まさに戦場を支配するかのように次々と敵を仕留めていく。彼女の放つ弾丸は、吹雪の隙間を縫うように正確に敵兵の急所を貫き、敵はどこから撃たれているか分からない混乱に陥っていた。敵部隊の連携は寸断され、その進軍は完全に止まってしまう。ミレイは敵の進軍が分断されたことを確認した後に初めて呼吸をし、唇の端に微かな笑みが浮かべた。

(ふふっ、悠斗さん、もっともっとわたくしを喜ばせてください!)

彼女の心の中では、悠斗が必死に逃げ惑う情けない顔こそが、自分の最高のモチベーションとなっていた。その愛情にも似た感情が、彼女の狙撃の精度をさらに高めていた。

悠斗は、自分を追っていた敵兵が次々と倒れていく光景を目の当たりにし、純粋な驚きと感動に包まれていた。

「す、すげぇ…! こんな吹雪で見えねえのに、なんであんなに当たるんだ!?」

自分の不器用さと、ミレイの神業のような才能との対比に、悠斗は改めて彼女の強さを痛感する。彼がどれだけ逃げ惑っても、決して敵を倒すことはできない。しかしミレイはたった一人で、遠距離から敵を壊滅させている。その圧倒的な実力差に悔しさはありつつも、純粋な尊敬の念が抑えられないでいた。

ミレイが狙撃に集中する中、彼女の死角から接近しようとする敵兵が何人かいた。しかしその瞬間、リンが素早く岩陰から飛び出し、手にした日本刀で瞬く間に敵兵を無力化する。

「……死角は、私が潰す。」

その動きはまるでミレイの動きと完全に連動しているかのようだった。そして、悠斗とミレイが引きつけた敵部隊の側面を、アスカが冷静に回り込み、サブマシンガンを連射して敵のフォーメーションをさらに崩す。

「ラビットちゃんが敵を引きつけてくれたおかげねん! みんな、一気に仕留めるわよ!」

アスカもまた、最前線で戦況を見極めて的確に指示を出し、自らも攻撃に参加することで敵に逃げ場を与えない。チーム『ヴァルキリー』は、それぞれの役割を完璧にこなし、まるで一枚の絵のように連携して敵を追い詰めていく。悠斗が敵を引きつけ、ミレイが遠距離から支配し、リンが近接で死角を潰し、アスカが全体の流れをコントロールしながら攻撃に参加する。彼らのチームとしての連動は、もはや芸術の域に達していた。

熾烈な戦いを終え、『ヴァルキリー』は勝利を収めた。『ゼウス・インダストリー』のチーム『ゴッドハンド』は、ミレイの狙撃によってほぼ壊滅状態に陥っていた。

悠斗は、最後の敵が倒れるのを確認すると、その場に大の字に倒れ込み、ぐったりと息を切らした。全身の疲労と、極限の緊張から解放された安堵感が彼を包み込み、目を閉じた。

―チーム『ヴァルキリー』のラボ内、作戦室。

VRゴーグルを外し、カプセルから這い出た悠斗は、そのままラボの床にへたり込んだ。やはり今回も、敵を一人も倒すことはできなかった。しかし、彼は今回も確かに死ななかった。

そこに、興奮冷めやらぬ様子のミレイが駆け寄ってくる。彼女の瞳は妖艶に輝き、頬は高揚で赤く染まっている。

「最高の舞台をありがとうございます、悠斗さん。その顔、わたくしの大好物です!」

ミレイはそう言うと、悠斗の頬にそっとキスをした。突然のことに、悠斗の顔は一瞬で真っ赤になり、熱が上がった。

「えっ、ミレイさん!?」

動揺する悠斗の姿を見て、ミレイは満足そうに微笑んだ。

アスカも悠斗の元に歩み寄り、満面の笑顔で話しかける。

「ラビットちゃん、本当にお疲れ様でした。あなたがいなければ、今日の勝利はありえなかったわ。完璧な『おとり役』だったわねん。私の指揮もあなたの動きのおかげでスムーズだったわよ。」

リンもまた、無言で悠斗の隣にしゃがみ込み、彼の肩をポンと叩いた。その表情は相変わらず乏しいが、その瞳には深い感謝と尊敬の念が込められているのが、悠斗には伝わった。

悠斗は、敵を倒せなかった悔しさを残しつつも、自分の「おとり役」の重要性を痛感していた。

(僕は、確かに敵を倒せない。でも、僕にしかできないやり方で、みんなの役に立てたんだ…!)

仲間たちの言葉と信頼に触れ、彼は改めてこの役割を真正面から受け入れる決意を固めた。

「…僕、頑張るよ。もっともっと、みんなの役に立つから!」

アスカは、満足そうに頷き、そして表情を引き締めた。

「今回の勝利は、『サイバー・コネクト』に大きな意味を持つわ。私たちの技術力と戦略の優位性を、『ゼウス・インダストリー』に示すことができたのねん。」

アスカはモニターを指差す。そこには、次の戦場の予測図が映し出されていた。

「でも、これで終わらない。むしろ、これからが本番よ。企業間の代理戦争は、これからますます激化するわ。私たち『ヴァルキリー』の戦いは、まだまだ始まったばかりよ。」

悠斗は、アスカの言葉に僅かに身構えたが、彼の瞳には恐怖よりも、新たな戦場への決意と、仲間たちへの揺るぎない信頼が宿っていた。

深夜のラボ室、暗闇の中でモニターのデータを見ているアスカ。

「…リンは限界みたいね。特別訓練と称して一緒に居させるしかないわ。

…こんな私をレオは許してくれるかしら。」

アスカは椅子に座りながら、宙を見上げた。

第3話 完